エピソード 2 ― エンジニアが挑むシンプルな軽EV
「シンプルな車を作る」。言葉にすると簡単に聞こえますが、実際の開発現場においては、最も判断が難しく、エンジニアが試されるテーマでもあります。装備を足すことは比較的容易に想像できますが、削るという行為には、明確な理由と覚悟が求められるからです。GLMの軽EV開発は、最新の装備をフル搭載することを目標としていません。むしろ、プロジェクトの出発点は「何を載せるか」ではなく、「何を載せないか」を決めることにあります。GLM技術マネージャーの福井淳一が語る方向性は、極めて明確です。

「過剰な装備をできるだけ削って、車としての本質を追求する。とにかくそこを目指しています」
「削る」と「手を抜く」は、まったく別の話
ここで重要なのは、「削る」ことと「手を抜く」ことを混同しないという点です。ADASをはじめ、電動パーキングブレーキや各種運転支援機能は、最近の自動車においては標準的な装備になりつつあります。しかし、それらは本当に、すべての車にとって必要不可欠なのでしょうか。今回の軽EVが想定している主な使用用途は、高速道路上の長距離移動ではありません。日常の買い物や通勤、送迎といった、生活圏内での移動が中心です。走行速度域も低く、走行距離も限られている範囲。そういった用途において、どの機能が本当に価値を持つのか。GLMでは一つひとつ、丁寧に問い直しています。
「この装備は本当に必要な機能なのか?」
この問いを、装備ごとに、例外なく投げかける。削っているのは「装備」であって、「品質」や「安全性」ではありません。この線引きこそが、今回の軽EV開発における最も重要な開発プロセスです。
安全性はどうやって担保するのか
「安いEV=不安」という声はいまだ根強く存在します。しかし、GLMでは、車の安全性を決める要素は、決して車両価格そのものでないといいます。重要なのは、技術・経験の積み重ねです。「走る・曲がる・止まる」という基本性能。バッテリーの構造設計とマネジメント、部品選定と検証プロセスの確かさ。低価格であることと、安全性を犠牲にすることは、イコールではありません。GLMでは、これまでのEV開発で培ってきた知見をもとに、開発チームによる安全性と耐久性の検証をフォローアップする体制を整えています。
なぜ、中国のプラットフォームなのか
今回の軽EV開発は、すでに中国メーカーで開発されたEVプラットフォームをベースに進められています。その理由は、開発スピードとコストの両立にあります。中国のEV開発は、とにかくスピード感があり、試作から実装までのサイクルが短く、改善と挑戦が高次元で繰り返されています。そういった環境の中で技術力も日々アップデートされているのが現実です。一方、日本の強みはどこにあるのかというと、それは「安心」と「安全」に対する徹底した品質管理にあります。GLMでは、この二つの特徴をうまく組み合わせることに着目しました。福井は、その狙いをこう表現します。

「日本の安心・安全と、中国のスピード感。その両者の“いいとこ取り”となったEVを作りたいと思っています」
単独では成立しにくい要素を、パートナーシップという共同開発によって成立させる。合理的な開発プロセスが行われています。
他社のEVプラットフォームでも
「GLMらしさ」は出せるのか
ゼロベースでの開発ではなく、既存のプラットフォームを使う以上、制約は少なくありません。だからこそ問われるのが、どのようにGLMらしさを発揮するのかという点です。GLMらしさとは、0-100km/h加速時間のような諸元表上の数値ではなく、実際に街中での走行中に感じられるトルクの出方や、アクセル操作への応答性、扱いやすさといった感覚的な部分を重要視する姿勢です。実際には、現代の軽自動車のターボ車と同等のトルク感を持たせ、日常域で「気持ちよく走れる」領域を丁寧に作り込む。GLMがこれまで積み重ねてきたEVにおけるノウハウが活かされています。
作らずに検証する
今回の軽EV開発における難しさは、「シンプル」だけではありません。求めやすい価格を成立させながら、開発スピードと品質をどう両立するか。そこに、もう一段階の技術的ハードルがあります。このプロジェクトでは、すでに完成された中国製EVプラットフォームをベースにしながらも、どう最適化するのか。その中でプロジェクトチームが直面しているのが、トライ&エラーのやり方そのものです。従来の車づくりでは、試作車を作り、検証を繰り返すことが一般的でしたが、試作車を作るたびにコストと時間が積み上がり、それでは低価格な車両は実現できません。そこで、シミュレーションを最大限に活用し、机上で徹底的に検証しています。試作車を作る工程をできるだけ減らすことで、開発スピードを上げ、コストを抑える発想です。もちろん、すべてをバーチャルで完結させるわけではありません。最終的には、現物でのすり合わせが不可欠です。プロジェクトチームでは、「作らずに検証できる部分」と「実車でしか分からない部分」を明確に切り分け、その境界を見極めながら開発を進めています。求めやすい価格の軽EVを実現するために、どこまで試作を減らせるのか。品質と信頼性をどのように担保するのか。こういった開発プロセスそのものが、今回の軽EVプロジェクトにおける最大の難題の一つといえます。
未完成であること
軽EVは、いまだ完成していません。ネーミングも最終仕様も、いまなお検討が続いています。GLMは、そのプロセスをベールに包まず、あえてリアルタイムで公開することにしました。トライ&エラーや迷いも、そういった判断の理由も含めて、すべて知ってもらうことが本プロジェクトの成功に大きく左右すると考えたからです。シンプルで、手頃で信頼できる軽EV。それは決して簡単に作れるものではありません。しかし、GLMの技術力を結集した新たなEVの新基準を目指して、今もエンジニアは引き算との格闘を続けています。