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三菱自動車のエンジン設計、ダイハツ工業のシャシー設計、
自動車ベンチャー2社を経て、フリーエンジニアとしてGLMを初期からサポート
「社員として中から助けて欲しい」、社長の度重なる説得を受け・・・

GLM 第一開発部 部長 阿部顕
(あべけん)
1962年生まれ、神戸出身
2016年10月GLM入社


「ここまでやってこれたのは、仲間の力、ただそれだけ」

フーテンの寅さんのような人情味あふれる阿部さんは今、
「うっぷんを晴らしたい仲間が欲しい」と力を込めます。

車づくりにうっぷんの溜まっているエンジニアとは、いったい、どういうことでしょうか。
発言は手厳しいが根はやさしい。
そんな阿部顕が本音を語るアベケン劇場。

はじまり、はじまり。

(筆者:ライター タケ・バスコダ)

運命の赤い“ケチャップ”

GLMと阿部さんの間には、運命の赤い糸ならぬ、運命の赤い“ケチャップ”がありました。

実は阿部さん、スポーツEV「トミーカイラZZ」の開発初期からフリーエンジニアとして携わってきました。
その実力を見初めたGLMは何度も阿部さんに、「正社員になって欲しい」とお願いしたそうです。が、本人はふうてんの生活を良しとして、頑なに拒んだそうです。

「あんな逸材はいない」と阿部さんを評価する小間社長。曰く、その理由は「エンジニアとしてエリート(大手自動車メーカー)とアウトロー(超一流品をつくる胡散臭いフリー技術者)の双方に所属した稀有な存在だから」

GLMに入社してもらって、助けてもらいたい小間社長がある夜、酒席で酔っぱらった阿部さんに対して、とある行動に出ます。

社長が一枚の紙にさらさらっと書いたのは「GLMに入社します。阿部顕」。

そうして、阿部さんの指を、つまみの皿に残っていたケチャップにずぶり。ケチャップで拇印を押したのです。

―(筆者)その時、阿部さんはどんな様子でした?

(小間社長)「それが、まんざらでもない顔してましたよ、笑」

今の仕事に“うっぷん”が溜まってないやつはダメ
「なんとなくいい車をつくりたい」 そんな人はGLMにはいらない

重箱の隅を究極につつく職人がいい

筆者と名刺交換をした直後、阿部さんは「個人的にだけど」と前置きをしながら、淡々と、でも言葉の節々や調子は熱い“アベケン節”で、出迎えてくれました。

「“うっぷん”が溜まってる人。たまって、たまって、たまって、爆発させたい人が欲しい。今やってる車開発に不満を持っている人でないとGLMではダメなんだよ」
「『なんとなくいい車をつくりたい』、そんな人はいらない。思考停止になるからさ」

「とにかく『自分だったらこうするのに』と、勝手に考えている人、妄想家の人がいい」
「車づくりの全体を分かっている人ももちろん適任だけど、重箱の隅を究極につつく人も大事。職人魂のある人がいい」

「俺はこういうドアを作りたい、こういうドアがあればいいのにと思うけど、今の会社では実現できない、そんな人がいれば、そのうっぷんを晴らしにGLMにきて欲しい」

マネジメントの役職にあきちゃったんだよ

―三菱自動車の子会社からキャリアをスタートされています

「そう、エンジン設計を担当してました」

―その後、レーシングカーの製造販売会社、自動車ベンチャー、ダイハツ工業の子会社と歩まれます

「自動車ベンチャーを経験してから、そろそろ大手に戻ってみるか、ということで。設計者ばかりいるダイハツの子会社で、シャシー・ブレーキ設計に携わりました」

―で、その後、フリーランスのエンジニアに

「年相応になって、マネジメント業務もやらざるを得なくなって、、、あきちゃって・・・」
「人生のゴールがなんとなく見えてきて、60歳の赤いちゃんちゃんこもすぐそこ。いいことしても、悪いことしても、たいしたことないな、なんてふと思って、別にふらふらしててもいいかなと思って」

GLMの存在を知って感じたこと、「胡散臭い」

―そんな時に、友人から「GLMを手伝ってやれば」と言われた

「友人から、人が足りなくて、困っているらしいぞ、と」
「GLM自体はニュースで知っていて。友人から聞いたときは、遠いし、乗り気じゃなかったけど、まあ暇だから見るだけ見てみようかなと思って行ったのが最初かな」

―GLMをご存じだったんですね

「胡散臭い会社だなと思ってた。まあ、今もだけど(笑)」
「何して食ってんだろう、と」「とにかく車づくりなんて、そう簡単にはいかないぞ、と」

GLMを訪問して感じたこと、「こりゃ、自動車つくるなんて無理だな」

―実際に現場を見て、どう感じましたか?

「やっぱりな、と」
「社長は突拍子もないことを言ってるし、開発者の人手は足りてないし、想いは分かるけど順序立ててやらないと、車づくりなんてできない。正直、どの口がやると言ってるの?と思った」

―それでも、手伝われた

「まあ、やることないし。巻き込まれて自分が火の車になるのは嫌だから、とりあえず距離感さえ保っておけばいいかなって思って。それがずるずるときて、今に至るわけだけど(笑)」

―なぜ、今に至るまで?

「これまでの経験では、車づくりはとにかく計画ありきで、先の予定はちゃんと立っているのが当たり前。でもGLMでは先の予定は全く見えない。そんな見通しの立たない世界に当初は戸惑ったけど、今はそんなんもアリかな、って思うようになって、ずるずると(笑)」

当初は「部品の部品すらない。四面楚歌」

―GLMでの担当領域は?

「シャシー設計室で、走る・曲がる・止まるの部分を担当してる。電気系には知識がないしね」
「走る・曲がる・止まるなんて、車業界ではやり尽くされている世界だけど、GLMに携わった当初はゼロから、最初からだった」

―といいますと?

「大手は“育ての苦しみ”。あらかじめ蓄積された技術があって、それを進化させるのが責務。車設計の構えのようなものができてるんだよね」
「一方、GLMは“生みの苦しみ”。車設計の構えのようなものが全く無かったってこと」

―具体的な苦労というと

「例えば大手で、ある部品や知識が必要になったとする。そうすると別部署やサプライヤー等から、情報が集まってくる」
「一方、GLMの場合、ある部品が必要になっても、その部品を構成する一部品に関してすら情報がない。片っ端から必要な部品を求めて各社に電話をするけど、相手にされないか、そんな部品が見つからないかどちらか。大手にはない逆風が、GLMには強く吹いていて、まさに四面楚歌だった」

今や「サプライヤーはみんなGLMを知ってくれている」

―そんな“生みの苦しみ”の中で得た新たな発見は?

「しつこくやってれば、認められるということ。極端に言うと、何度電話を切られても、またかけているうちに、付き合いができるようになる」

―今はどうですか?

「どうにかこうにか、トミーカイラZZを完成させたという実績が加わってから、自動車メーカーとしての信頼ができ、部品メーカーとの関係は大きくかわったね。そして、次世代スーパーカー『G4』の開発を発表して、さらに大きく、風向きが変化してきた。自動車系メーカーもティア1サプライヤーも部品メーカーも、GLMの名前はみんな知っている。昔のように門前払いされることはなくなって、まずは応接室で話を聞いてくれる。協力までしてくれるところも格段に増えている」

今のGLMは「車づくりにおける“旬”」

―では、今の悩みや課題って何でしょうか?

「地球の片隅でやってきた会社が、世界の注目を集めだしている。皆さんが我々に向ける眼差しの高さは相当で、でも実際の我々の実力といえばまだまだで。そのギャップを埋めていくことかな」

―といいますと?

「まだまだ大手のような量産ロット数を出せない。少量生産だと部品供給面でまだまだ苦戦する。そもそも供給できないという部品メーカーもあるし、のどから手が出るほど欲しい部品でも価格面で折り合わないこともある。そんなことがなくなったら、誰もが認めるものをつくれるようになる」

―いまのGLMって、技術者にとってどんな状況ですか?

「車両企画にも口出しをできる“車づくりにおける旬”かな。いずれ大手になると、そんなことは出来なくなってくる。今しかできない車づくりができる、そういう意味で“旬”」

“うっぷん”を抱えた仲間を求める阿部さんの今の“うっぷん”は?

―うっぷんが溜まっている技術者を仲間に巻き込みたい阿部さんに最後の質問です。
阿部さんの今の“うっぷん”はなんでしょうか?

「うっぷんの溜まった技術者が、うっぷんを晴らしにGLMに来ないこと(笑)」
「車づくりは、仲間づくりが重要。うっぷんを晴らしたい仲間を増やしたい」
「そうそう、社外の協力会社も仲間。少量生産でもいいからつくってくれる仲間も増やしたい。採用の話じゃなくなるけどね(笑)」

四つ葉経済記者会 ライター タケ・バスコダ

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