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日産自動車のパワートレイン開発本部で12年
「この車にどれだけ自分は貢献しているのか…」 そう迷い
「何か自分もワクワクできるのではないか」と即決したのがGLMだった

GLM 技術開発部 西村修二
(にしむらしゅうじ)
1978年生まれ、京都府出身、北海道大学大学院 工学研究科 高分子設計化学卒
2015年4月GLM入社


私(筆者)の勝手な西村さん評はこうだ。車(ものづくり)への一途な想いにブレがなく、正しいと信じる道に着実に歩を進める。でも決して個人プレーはしない。自分ができることを最大限、必要とあらば自ら身を削って、できる人。

「誠実」とか「貢献」とか、そんな言葉がしっくりくる。

少年野球で、練習熱心かつプレーも上手な同級生がいる。なおかつ率先して球拾いをする、後片付けをする、準備を手伝う。そんなことを自然とやるクラスメイトに「あいつには敵わないな」、そんな脱帽シーンが、彼と話していると、ふと頭をよぎる。

(筆者:ライター タケ・バスコダ)

この一台にどれだけ自分は貢献できているのか

西村さんは日産自動車のパワートレイン開発本部に12年間在籍。着実に一歩一歩、自動車エンジニアとして技術を身につけ、視野が広くなっていることを実感する一方で、ある迷いが生じたそうだ。
「開発に携わった自分の仕事が、この車にどれだけ貢献できていて、どれだけ社会に貢献しているのか。小さすぎやしないか」「ここにいると安泰だが、(やりたいことを押し殺して)今のまま割り切った仕事を続けて、ここにずっととどまっていていいのか」。

そうして選んだのが、GLMだ。
自動車をゼロから開発できることにワクワクして、GLMへやってきたのだ。

でも彼は今、GLMで少し違うポジションにいる。
開発の最前線から身を引いたのだ。それも自ら志願して。

西村さんは上司の藤墳さん(GLM技術本部長)にある提案をする。藤墳さんの返答の中に、西村さんの人柄と強い意志を感じる。藤墳さんはこう返した。「西村君がやろうとしていることは、誰が見ても分かる仕事ではない。みんなに認められるか分からない。西村君にとってリスクがある。大きな覚悟もいる。でも今のGLMには絶対に必要だ」。

いま彼は、開発の現場を一歩離れて、全体を見ながら、「最適化する方法論を考える」という一人だけの“西村部”にいる。前だけを見て前進し続ける開発陣、その横をすり抜ける全ての問題を彼が予見して拾う。対応法を考える。必要な部品、機構、開発までのプロセス、それに必要な人員、システム、あらゆるこぼれ球を限りなく未然にキャッチして、完成まで技術陣をサポートする。ザ・裏方だ。

どうしてこのポジションを自ら志願したのか。それは、大手では見えなかったことが、GLMで見えたからだそうだ。
「GLMへきて、自分が担当する技術だけでなく、会社全体を見渡すことの価値観を、自分の中で醸成できたんです」
「いま、これ(見渡す価値観を醸成できたこと)が、何かと苦労する要因ですねぇ。でも面白いんですよ、天職を見つけました」。
西村さんはそう言って、柔和な目をして微笑む。
この人には敵わないなぁ、そう思う。

大手だと担当領域が非常に小さい、迷いと自問自答の日々

―日産自動車に入社されます

「カルロス・ゴーン氏が社長になる時期で、“何か変わるな”と感じました。まだ数社、選考途中でしたが、いち早く内定が出た日産に行きました」

―日産ではどういうお仕事を?

「エンジンマネージメント部品および関連システムの設計、ハイブリット車両性能の設計および適合を担当しておりました。主に、北米向け全車両のエンジンマネージメント部品開発やSUVのハイブリット車両の開発に従事してました」

―12年間在籍されます

「エンジン部品の設計を8年、あとの4年は、車両の動力性能や排気性能の設計(システム・ソフトウエア設計)をしていました」

―充実されていますね

「内燃機関は、ほぼほぼ、理解できるようになりました」

―なぜGLMに?

「大手ですと、どうしても、自分の考えや判断としてできる領域が非常に小さくなってしまうこと、ですかね。この車を世に出した時の自分の貢献度はどのぐらいなのか、果たしてどの程度自分が社会に貢献しているのか、そうした疑問が自分の中に出てきたんですね」
「そもそも組織が大きくなると、やりたくないのにやらされている人がいたり、仕事に対する情熱が見えてこなかったり、仕事と割り切っている人がいたり、もちろんそれは当然のことかもしれませんが、自分の中では違和感を覚えるようになったんですね」

―それで転職を考えるように

「そうです。実は入社6年目ぐらいから、そうしたことを考えるようになりはじめて。車に関係なく、少人数でやっている製造業やスタートアップの製造業に興味を持ちだして、でも給料面などなかなか条件が合わず。一方社内では、ルノーやダイムラーとのアライアンスがあって、社外エンジニアとのやり取りなど取り巻く環境が変わってきて、色んな人と話す機会を得て、視野が広がって、楽しかったりもしてですね」
「転職が頭の隅にありながらも、社内も面白いという、そんな時期が長く続いてました」

―でもやはり?

「はい、大手、OEMでの大量生産を狙った自動車開発ではなく、高付加価値を狙った製品開発にチャレンジしたい想いがより強くなった、勝ったというのが率直なところです。大人数での開発は全体管理のために莫大なリソースを注ぎ込んでいて、、、少人数だからこそのスピード感と管理工数の適正化が可能なのではと思うようになりました」

日々の生活の大半を占める仕事に“割り切り”はできない

―ベンチャーに行くという不安はありませんでしたか?

「日々の生活で大半を占める仕事というものに、割り切りというのが、腹落ちしなかったんです」
「確かに、悩みながらも仕事と割り切って、会社に残っていれば、大手ですし安泰だと思うのですが、それ以上に今後、自分に迷いが生じないのか、ここにずっといていいのかという想いの方が強かったんですね」

―初めてGLMのメンバーとお会いされたときの印象は?

「東京のショールーム(赤羽橋)に行きまして。10人で車をつくっていると聞いて、驚きましたねぇ。日産で言うと一つのグループです。そんな人数でどうやって車をつくってるんだ、と。興味が湧きましたねぇ」

―続いて開発トップと経営層との三者面談をされます

「内情、実情をざっくばらんに話してくださったんですが、その時に、人として組織として面白そうだなと。何よりも面談に応じてくださってる二人が、とても楽しそうだったんですよ」

―車もご覧になられた?

「ここはもっとこうした方がいいというのは、数えきれないぐらいありました。一方で、それを見て自分は何ができるのか、どうやったら自分の技術が活かせるのか、と考えてたんです。自分が担当してきた領域と今目の前で求められている領域というか世界は全然違う。ですので不安もよぎりました」
「ただ開発をするにあたって決めていかないといけない内容っていうのがあって、GLMがまだできていないことが自分の中で明確に見えたので、それをやることによって組織として自分が力になれる領域があると感じたんです」

―入社はいつ決めたんですか?

「その面談のとき、即決でした。面白い、何か自分もワクワクできると思ってですね」

想像を絶する大手とのギャップ、ピンの選定からする車づくり

―GLMでは入社当初、何に携わったのですか?

「入った時点では、トミーカイラZZの主要コンポーネントの設計は、ほぼほぼ終わっていて、ハーネスの設計やレバーの設計をやっている方もいて、残っていた水ホースを、結構地味なところですね(笑)」

―中に入ってみてどうでしたか?

「想像を絶するギャップがありました。大手のOEMという自分のキャリアの中ではそもそもコンポーネントはできあがっている。でも実際入ってみるとGLMでは、それぞれ個別に部品を設計していたり、回路とかハーネスのピンやボルトの選定からやっている」
「前社では、特に自分のところ(部署)では、パッケージ化したものを手に入れて、それをどう生かすかというのが仕事だったので、そもそも物をどう作るのか構築するのかをやっているGLMと自分には、相当のギャップがありました。気づきや勉強だらけです。面白かったです」

製造業のバリューチェーンを一人でやるという驚き

―確かに、そのギャップは驚きでしょうね

「そうですね。例えばある機能を搭載できないか試作するとしますよね。もちろん開発の進め方などは分かりますが、そもそもそうした機能の開発経験もない中で、この部品は要る要らないの選択から始まるんです。大手とは全くやり方が違いますよね」

―他にも驚いたことはありますか?

「はい。企画、実現方法の検討(サプライヤー開拓)、実現に向けた実務、評価、量産といった製造業のバリューチェーンを周囲のメンバーの協力を得ながら一人で経験できる事に驚きを感じました。その中で、ビジネス(利益)の成立性だけの判断ではなく、ビジネスの面白さや長期視点を共有しながら、物事が進み始めるきっかけを創造できる点は面白いですね」

“上司へのお伺い”が要らないからこその頭の回転のさせ方が重要

「あと大手ですと、何かを決めるにあたって上司への承認行為がないといけません。けれどもGLMだとフロアで話せば物事が決まる。でもこれは、物を決めるにあたっての考え方とか判断基準というのが全て自分の中にないと、物事が進まないとも言えます。日々そういう頭の回転の仕方を持って仕事をしているかが大事だと思います」

―GLMでの苦労ってなんでしょうか?

「製品に対して実現したい技術案件と利益を出していくための実務の両立が難しいですね。やりたい事、実現したい事はありますが、私は会社としての継続性を、判断基準の優先項目としております。前職では与えられた業務を与えられた期間・リソースで達成していくという中での判断でしたが、GLMでは会社全体をみなければいけません」
「あと大手では費用の考えはほぼありません。一方GLMでは、お金をかけたときのアウトプットへの質に対するシビアさを痛感しています」

―失敗もあったんでしょうか?

「語弊を恐れずに言うと、今までやったこと、ほぼ失敗ではと、思ってます。もっとうまいやり方があったのではと反省の日々です」

―現在はどういうことをされているんでしょうか?

「これまでのEVシステムを離れて、現在は品質管理手法、開発プロセスや予算管理の構築を担当しております」

―開発者気質の塊のような気がするのですが、なぜ自ら身を引かれたのでしょうか?

「開発中のG4という車を世に出すために、エンジニアリングや設計はもちろん必要なんですけど、その視点とは別の視点を持たないと、完成している姿が見えてこなかったんです。必要な部品を集めるだけでは立ち行かない、トミーカイラZZの延長では到底できない。G4という車のレベルは、それぐらい突拍子もなく高いものになると、おそらくそう、肌で感じたんです。次々に出てくるであろう足りない部分を埋めていかないと、いずれ開発はストップすると。そう感じたのなら、自分がそれをやろうと、それで今のポジションを上司に志願しました」

―足りないところは出てきますか?

「それはもう、次々出てくる。まだ見えてないものもたくさんあるでしょうし。でもそうした部分を見つけて形にしていくことが、めちゃくちゃ面白くて」

―GLMってどんな会社でしょうか?

「自分で責任を持って業務を最後まで遂行できる環境がある会社、ですかね」

―最後に、GLMでの夢を教えてください

「自分達で決めた方向性や製品を世界(市場)に提案し受け入れられたいですね。これの道筋を立てることをやっていきたいです」

取材を終えて・・・

入社前の面談で、どんな人を募集しているかを尋ねたときに、西村さんはこう言われたそうです。
「いま車をつくっているけど、野球で言うとリトルリーグ程度。でも我々が求められているのはメジャーリーグ。一気に階段を上がるのは無理。まずは高校野球、そして一歩ずつ、次へ次へと行かないといけない。でも今、我々のチームには三遊間があきまくっている。ピッチャー、キャッチャー、ファースト、セカンドはいるけど、三遊間があきまくって、ボールがこぼれまくってる。このボールを自発的に拾ってくれる人がいいな」。

で、今の西村さん、そのポジションそのものを、自発的につくってしまった。来るべくして、GLMに来た人なんだなと思う。

でも聞くところ、野球に疎くて、詳しくは理解してなかったそうだ(笑)。

四つ葉経済記者会 ライター タケ・バスコダ

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